2008/11/08

100歳 100歳

うちの祖母 今年100歳。と言っても
去年まで 私よりよく食べていた。
焼肉屋さんに行っても・・・
バイキングに行っても・・・
周りが驚くぐらい食べていた。

そして いつも自分の意見&気持ちをはっきり言う。
そんな祖母の痴呆をはじめて “えっ”と感じたのは
介護度を判定しに来てくださったとき。
少し痴呆が・・・とは思っていたけど・・・
質問に答える祖母を見ていて・・・えっ!?と驚いた。
家族が思うより・・・私が思うより・・・進んでいた。
毎日暮らしていると気が付かないこと・・・ 
日々の暮らしの中の会話は しっかり受け答えしていたから
そこまで進んでいるとは 気が付かなかった・・・。

専門員さんの質問で「住所は?」と聞かれると
「さぁ 娘と住みだしてここに来ただけで ここの住所を書くことないからね。」
と はっきり!?自分の答えられないことを正当化(笑)
その後 教えても・・・15分後・・・すっかり忘れて・・・
またしっかりとした??前と同じ答えを言ってる。

・・・そんなやり取りをみて やっと気が付いた祖母の状態・・・。
そして 思う・・・家族介護の難しさ。
気が付かないということは 受け入れることなく
知ることなく なぜなぜなぜと相手に要求していた。

・・・いま また 大きな波が来ている。
だんだん 歩くのが少しつらそうになってきている。
食欲も落ちてきているし 転倒したのか腰もいたそう・・・
手には少し内出血の後。
・・・もちろん 病院には“年寄りばっかりで気がめいるから”とガンとして行かない。

でも・・・夜中に 昼間にかまわず・・・
名を呼ぶ・・・私の母の名を・・・私の名を・・・
朝4時が・・・この頃のパターンだ。
眠いので・・・時々知らん顔をするとが・・・行くまで叫び続ける。
根負けして 1階へおりていくと 「そばにいて~」って!
「ふぅ・・・よくもあんなに大きな声がでるもんだ。」と100歳の強さに脱帽。

寂しがる祖母を見ていて・・・
時間があれば なるべく一緒に食事を食べたり
肩をもんだり・・・足動かしたり マッサージしたり・・・。
最近やっと すべてに対して 落ち着いて 祖母のすること言うこと 
笑顔で ゆっくり 彼女のペースに合わせて
うんうんと受け入れられるようになった。

・・・かかわれば かかわるほど 家族介護は難しいと思う。
でも・・・かかわれば かかわるほど 
自分の気持ちにとても素直で正直な祖母に笑える。
そして・・・あったかで 幸せな気分になってくる。
きっとは娘で一番近くにいる母は 
私とは違う感情の変化があるとは思うけど・・・
祖母と私のちぐはぐ会話を聞いて 笑っている。

寂しくなったら 人の名を呼ぶ祖母をそばで見て・・・
大変だ。いつまで続くんだ。と思ったこともあったけど。
こんなにも穏やかな こんなにも優しい笑顔が見れるなら・・・
私は 祖母と暮らしていたい。
って・・・
やっぱり家庭介護は(笑顔がみれるなら・・と)条件付かぁ(笑)

でも・・・ほんとに人は人と関わって 変わっていくのかもしれないと
少し穏やかになってきた 祖母の笑顔を見ていて感じる。
何かがあるから 彼女はさけぶ。
何かがあるから 彼女は私の名を呼ぶ。
・・・めんどうくさいのその前に・・・
なぜ どうして 彼女がその行動をおこなうのか
看護のプロとして?!の視点も生かし(笑)
孫として 人として・・・
彼女のその壮絶な100年の人生が さびしい時間ではなく 
あったかい時間として過ごしてもらえるようにサポートしたい。

1 件のコメント:

sayuri さんのコメント...

私の祖母も94歳でなくなる前の2年間、痴呆がかなり進んで、、、同じような感じでしたわ。夜昼かまわず、大声で名前を呼び続ける。足がまだ動けたから、1階へ下りていかないと、2階まで上がってきて呼び起こす。2年は長かったわ、、、、。だんだんそれがエスカレートして行ってね、、
いつまで続くともわからない先の見えない家庭でも介護、、、家族みんなフルタイムで仕事していたし、まわりで思うより、家族は本当に大変。笑顔も出来ないときがだんだん長くなると多くなる。お風呂も自分で入れなくなり、自分で食べることも出来なくなり、、、がんばってね、としかいえないわ、、、、。そして、うちの母は、祖母を送り出して、気が抜けたのか、すぐにがんになり、自分の時間を楽しむ間のなくなくなりましたわ。介護だけで終わったような人生だった母を思うと、、、、、大変よ、本当にね。