2005/11/16

インド 2 <怒り>

インドに行ったのは 去年の10月。
なのに 書き始めると 昨日のことのように 怒りがこみ上げてくる。
それは 自分と海外に住む教育を受けたインド人に対してだ。
自分に対しては 病院という中で機械を通してしか働けない自分を嫌というほど知ったこと。自分の知識と技術のなさに・・・また・・・
インドで何かできるのでは??と思い上がってた自分に対する怒り。
現地の言葉もわからず何ができる。
(大学以上の教育を受けてない人は英語は話せない)
看護師として??他国のものが入っていって出来ることは知れているということだ。
なぜなら そこに住む人たちには 文化があり宗教があり・・・生活がある。
それを理解し 溶け込むのに 何年必要か。
そこを理解しなければ 結局“援助”という名の自己満足やおせっかいになる。

例えば ICUで 私は忘れられない2人の患者さんがいる。
1人は20歳前の青年。OPE室から運ばれてきたが・・・
下半身はブルーのシーツ(防水シーツ)で覆われていたが まだ多量に出血していた。
私には この状況が理解できなかった。
なぜなら Ope室から運ばれてきて なぜまだ出血している!!何の為のOpeだ!?
しかし この??はこれだけで終わらなかった。
この青年の友達を集めて 輸血し始めたのだ。
もう私は この状況が納得いかず 何が起こってるのか!
出血しているところを止めずに 輸血したって 無駄だ。何を考えているのか?!
それに 友達達の栄養状態だって決して良いわけではない。
彼らにとっても 大切なものなのだ。それなのに 無駄に輸血しようとしている。・・・
この青年 バスに跳ねられて運ばれてきたのだった。
Drは 腰の骨が砕けててどうしようも止血できないと説明してくれた。
が・・・納得いかない。
この輸血のルートを取るのもそう・・・これだけ出血してる患者だと末梢の血管を確保することは難しい。日本ならすぐに 股関節や鎖骨下にある 大きな静脈にルートを確保できる。が・・・ここではできない。
Drは 腕の中関節から 大きな静脈を探るつもりで 皮膚剥離を始めた。
私は 透析室勤務で何度も静脈と動脈をつなげるopeをみたことあるから 
Drが何をしてるかわかってた。が・・・どう見ても Drが触っているのは“腱”だった。
静脈ではない。そこに輸血のルートを直接取ろうとする。が もちろん無理だ。
・・・私は 怒り寸前だった。「何やってんだぁ」・・・
すると外科のDrが来て 「それは違う」と伝えていった。
・・・この夜中に運ばれてきた青年は 明け方になくなった。・・・

もう一人の患者さんは 50歳ぐらいの男性で大腿骨を骨折してOPEするも 
帰宅後創部から感染を起こし・・・私が見たときには 傷は完全に開き 太ももの骨が見えていた。彼は 循環不全から 手足はむくみ 痛みを訴えていた。が・・・
この患者さんへの看護・・・ガーゼ交換のみ。
動けない為 尿道に管が入っていて おしっこがボトルにたまると 家族が捨てに行く。
そう・・・ここの病院では 必ず家族が1人付き添って患者の身の回りのことをする。
というか・・・インドの人たちは親族のつながりが強く
1人が入院すると親戚中が病院に来る。面会時間以外は 窓からのぞいている。
(仕事を持っていない人が多いことも関係あるかもしれない。)
さて・・・この患者さん・・・私が一番忘れられない人である。
なぜなら 私達は同じ言葉を持たなかったから コミュミケーションは取れない。
でも 私が手をさすったり 背中をさすったりすると・・・いつも 目に涙をためる。
そして 私に手を合わせる・・・何も出来ない私に・・・。
ただ・・・私は この時インドの患者さんのおかれている状況を少し理解し始めていた。
病気になって 生きることが どれだけインドの中で 家族の負担になるか。
みんな日々生きていくことで精一杯なのに・・・まだ 病院の費用がかかる。
家族の中には 治療を拒否して連れて帰る人もいたぐらいだ。

それ以外にも カースト制度が 影響しているのか・・・
看護師を見ていると 患者さんや家族に本当によく怒る。感情的に・・・。
と・・・看護が見えない。この場所で・・・。
だから 私が患者さんのところに 手を握りに行くと
インドの看護師さんたちは 「淳子は なぜ患者さんがすきなの?」と聞くのだ。
わたしは???これって「好きとか嫌いのもんだい?!」でした。
私は 何も出来ない自分を知ったから 自分に出来ることを何か探したかっただけ。
なんでもいい 何か 看護師として教育を受けてきた中で 使えるものはないか・・・。
それが ゆっくり患者さんのところで時間を使うことだった。
たとえ 言葉が通じなくても・・・。
でも これも結局 自己満足である。
なぜなら 私は患者から何の情報も得られずに自分の情報と価値観だけで動いたから。
でも 看護師として 処置以外の何か看護が見えてもいいはずなのに・・・
・・・私には よくわからなかった インドの看護が・・・。

ここに書いた たった2人の患者の例でも・・・日本でなら助かっている命かもしれない。
日本の医療をもってすれば あっという間に治ったかもしれない。
でも それでいいのか??
本当の 医療とは?? 医療の意味を考えさせられた。

私は この時たまたま 同じ病院にきてた 1人の日本人医学生とよく話した。
何がこんなにも すべてに違いを生むのかと・・・。
そして その時彼がいった・・・「医療は 地域が作り出すものなのかも・・・」
この一言が 今も私の脳裏に残ってる。

そして オーストラリアに帰ってきて・・・
私は たくさんのインド人にあった。そして 聞いた。
「国に帰らないのか?」と・・・なぜなら 彼らはDrであったり 看護師であったり・・・
そうでなくても ここにこれるインド人は インドではものすごいお金持ちであるのは間違いないからである。=国を動かせるぐらいの教育とコネクションは持ってるはずだ。でも・・・誰一人として 帰るといった人はいない。友達を通して1人だけ・・・インドに帰るといった人がいるようだ。と聞いただけ。

私は この国に行って・・・
カースト制度をはじめ 残っている文化 そこにある宗教・言語・習慣
そして 人々の暮らしを 本当に理解できないと 持っていたものが
そこに必要となり生きることは難しい。なぜなら そこに住む人たちが使い
そこで生きていくのは 私達でなく彼らなのだから・・・。

私は このインドの旅行を通してだした答えがひとつある。
それは インドはインド人によって変えられていくべきである。ということだった。
そこに 何か 私達がサポートできる道はあるかもしれない。
でも 本当に インドが変わるのは インド人によってである。
今 なぜ あの病院を 1人で建てたDrタリアン氏が 
「インドはインド人の手によって」といってたのかが・・・わかる。

これと同じように・・・日本を変えるのは 日本人がする。
外で教育を受けたものは それを日本にもって帰る。
これが 海外で教育を受けるチャンスを与えてもらった私達のすることのような気がする・・・
私は これから・・・私が今の自分を使って何を積み上げられるのか・・・
そして 何をもって帰れるのか・・・自分に問い続けたいと思う。

追伸
さっき インド1を書いてから・・・
ホンと興奮して 寝れなかった・・・で・・・もうすでに 2を書いた(笑)。
インドは それほど魅力的な深い国です。人が ものが すべてが・・・何かを教えてくれる国。
大好きな国 インドです。このタイトル きっと 3も すらすら 書けます(笑)。

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

こんにちは。
読んでいて、とても辛かったけど
目を離してはいけないと思って読んでいます。
junkoさんの日記は、私にとっての
起爆剤です。
いつも読んでいます。
またいろいろ書いてください。

Junko さんのコメント...

こんにちは。
書いていて・・・
自分の価値観に偏りすぎかなぁ・・・
と かなり考えることあるんですけど・・・
ただ・・・正直に 自分の感じたものを書くようにしてます。
“起爆剤”に していただけるなんて
うれしい限りです。
ちょっとでも いろんな人と
いろんなことを話せたらうれしいなぁ・・
ただそれだけです!!
またのおこしを 心から待ってます!